阿部ブログ

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12月31日(木)屋上菜園・今年を振りかえって

今年、私の屋上菜園活動は一歩前進した。それは一般社団法人ジャパンベジタブルコミュニティ(JVEC)の設立だ。屋上菜園を中心として都市農業の発展と地方農業の活性化、を目的としている。詳しくは添付したパンフレットをご覧頂きたい。

JVECは屋上菜園の栽培指導、栽培受託を主な事業としている。BtoB、BtoCで活動を展開していく。栽培指導では御茶ノ水の三井住友海上保険株式会社の屋上菜園での栽培指導が決まった。栽培受託も春迄には契約ができるかもしれない。

もう一つは都市部の屋上菜園活動の意味と可能性が見えてきたことだ。その中でも特に注目しているのは有機野菜作りを通じた「都市型コミュニティの形成」の可能性。新しいタイプのコミュニティビジネス、街づくりが、農的発想から生まれてくるのではないか。少し気が早いが「次世代型の屋上菜園」の構想づくりにも取り掛かることができた。

来年は是非、JVECを応援してください。

 


12月30日(水)江戸時代の園芸ブームから学ぶこと

江戸時代は園芸がブームだったとのことだ。樹木、草花の品種改良が盛んに行なわれ、新しい品種が開発された。先日JRの巣鴨駅の近くで「染井吉野発祥の地」という碑を見た。

江戸時代は中期から後期になると、良く言えばインフレの少ない安定経済、悪く言えば停滞経済の時代になっていた。商品流通、貨幣経済も拡大し、米本位制の経済が揺らいできた時代でもあった。町人が経済力をつけ、各藩は財政悪化に苦しんでいた。

江戸は八代将軍吉宗の時代には人口100万人を越える世界でも類をみない大都市となり、大阪と並ぶ大商業都市となった。ただ江戸の場合は江戸勤めの武士階級、また商家の単身赴任者、建設労働者などが多く、そのためか男女の比率が6:4だったとかで、まさに男性中心の都市であったようだ。(江戸時代の人口統計は資料が少なく正確は数字を出すのは難しいようで、推計になる)

当時の日本の全人口が約2600万人と推計されているので、約4%の人が江戸の狭い地域に住んでいたことになる。さてこのような男性中心の過密都市ではどのような現象が起るだろうか。

まず独身者が多いので、居酒屋とか現代風に言えば風俗産業が流行ることになる。普請場での作業を終えて、帰る家庭もない男達は安くてうまい肴が食べられる居酒屋に小銭を握って向ったことだろう。

一方家庭を持っている町人、職人達は長屋暮しの中でささやかな楽しみを見つけていったようだ。町人風の男性が妻女と長屋で月を眺めている絵を見たことがある。そんな自然を楽しむ日々の中で縁先に草花を育てる生活文化が生まれたのかもしれない。

 


12月29日(火)安心・安全な食の生産には倫理感が欠かせない

以前今治市の企画課政策研究室長の安井孝の講演を聞いたことが今でも頭の中に残っている。安井氏は学校給食から地域の地産地消へと、今治市で有機農業を拡げた立役者だ。地方自治体の一職員として、市民・生産者と一緒に活動して、この困難な活動を推進していった。安井氏は書かれた本「地産地消と学校教育」(有機農業選書コモンズ社)の「あとがき」でとても示唆に富む提案をされている。

「農業問題は、農業関係者や農政だけでは解決できない。逆に、保健や福祉や教育がかかえる課題を農的な発想で解決できる場合もある。地方自治体にはそうした多面的な試みが可能なのではないか。」農的な発想は今後東京など大都市の街づくりにも応用できるのではないか。

安井氏のこの取り組みを支え、導いてきた恩師の保田茂先生に安井氏は、「有機農業が異端視された時代に、なぜ有機農業を研究テーマとし、運動を進めてこられたのか」と尋ねた。先生はこう答えたとのことだ。

「安井よ。食べ物が安全でなければならないのは社会正義なんだ。その安全な食べ物を生産するのが有機農業だからだよ」

有機農業の先達者は日本の農政と闘いながら、有機農業の思想と技術を発展させてきた。

苦難の道を歩まれたと思う。

私が現在取り組んでいるのは市民による有機農業だが、先人の労苦を偲びつつ、思いを新たにして市民によるコミュニティベースの有機農業を都市部で拡げていきたいと思わされている。

 


12月28日(月)JVEC来年の事業・屋上菜園の栽培指導

来年4月から御茶ノ水の三井住友海上火災保険㈱の屋上菜園で野菜づくりの栽培指導を行なう。屋上菜園の利用者は地元の住民と御茶ノ水で会社勤務しているビジネスパースンだ。隔月で講習会も実施する。その準備が12月から始まった。できるだけ周到に準備していくが、始めてみないと分からない、という部分がある。栽培指導の仕方とそのフォロー、講習会の持ち方はやりながら臨機応変に対応していくことになるだろう。そして企業側にはCSR,地域コミュニティの形成を成果として提供できればと、考えている。

それはそれとして、栽培利用者の皆さんにお会いして、一緒に野菜づくり、コミュニティづくりができるのが楽しみだ。いまからワクワクしている。

 


12月27日(日)アリス・ウオーターの菜園

以前NHKのEテレでアリス・ウオーターの菜園を見たことがある。アリスのレストラン

に隣接してこの菜園がある。ハーブの区画(ハーブボウル)があり、果樹も植わっている。

アリスは野菜屑を金網の堆肥枠の中に入れて堆肥をつくり、菜園に入れている。菜園で

循環的野菜栽培をやっている。レストランで使う野菜は有機栽培の農家から仕入れている

が、この菜園の野菜もレストランで使われている。菜園で野菜の手入れをしているアリス

を見ていると幸せそうだ。この気持ちが料理づくりにもつながっているように、私には思

えた。アリスのような菜園を日本の、特に東京とか大阪にあるレストランが持つのは難し

いだろうが、ビルの屋上であれば、アリス式の菜園は可能かもしれない。

屋上菜園で、ハーブも、野菜も、果樹(ブドウ、オリーブなど)も栽培できる。カフェ、

レストランのシェフが屋上菜園で野菜の世話をしながら料理のアイデアを考える、という

のもいいかもしれない。

 


12月26日(土)2種類の農作業

私の知人Kさんが、年末の片付けをしている時に、「屋上菜園を取り上げた阿部さんの新聞

記事を2枚見つけました」と話してくださった。いきなりのことでどの新聞なのか、すぐ

には思いだせなかったが、恐らく1枚は産経新聞2012年8月8日の記事「作物だけで

なく人も育てる」ではなかったろうか。あれから3年経っていよいよ本格的に人を育てる

JVECを設立することができた。

さてKさんから阿部さんが目指しているものは何ですか、と聞かれた。私の咄嗟の答えは

こうだった。「コミュニティづくりです。農家の方は野菜をつくっていますが、私はコミュ

二ティをつくっています」と。無縁社会化している都市に新しい縁を作っていく必要性を

Kさんに説明した。

さて野菜のつくり方は農法の違いはあるが、ほぼ決まっている。ところで、コミュニティ

のつくり方はどうか。有機野菜を栽培しながらどのようにコミュニティをつくりあげてい

くのか、これは私にとって大きな課題だ。Kさんは「そうですか、素晴らしいですね」と

仰ってくださったが、「絵に描いたモチ」にならないように私なりの「コミュ二ティ形成論」

をまとめていかなければならない、と思わされたことだ。いずれそこまで踏込んで質問し

てこられる人がいるはずだ。

 


12月25日(金)作物の言葉

「精密農業」(澁澤 栄 編著 朝倉書店)を読んでいる時、次のような文章の出合った。

「デンマークの農業者ラングキルデは、『精密農業を導入して作物の言葉を理解できるよう

になった』。施設園芸先進国のデンマークでは精密農業をベースにした作業スタイルが行な

われているのだろう。精密農業は情報技術を駆使した農法で、センサーと情報処理が大き

な比重を占める。圃場で何が起こっているのか、圃場の野菜が今何を必要としているのか、

正確に、タイムリーの把握するシステムだ。その情報をラングキルデ氏はあたかも野菜の

言葉と聞いているように思った、ということでないか。

名人になると物を言わない対象物とでも話ができる、とはよく言われることである。それ

は深い観察力がもたらすものだろう。どこを、どのように見るか、これは経験を積まない

とできないことであろうし、また誰にでもできる訳でもない。まさに名人技だが、精密農

業は名人技をセンサー技術と最新の情報処理技術で、誰にでも分るようにしているようだ。

ただどこに、どのようにセンサーを設置するかは、名人技に近いのかもしれないが・・・。

私達の市民農業でも、コミュニティベースの精密農業の利用が可能ではないかと、現在勉

強している。私も野菜の言葉を聞きたい。


12月24日(木)武蔵野農園

寒さで畑作業が段々厳しくなってきた。午後になると冷たい風が吹いてくるので、冬の作

業は午前中となる。寒くても風がなければ作業ができる。今年の8月からこの農園で秋・

冬野菜を作り始め、今はダイコン、聖護院ダイコン、ブロッコリーの収穫が続いている。

来年の秋には集めた枯葉でつくった腐葉土を土に入れて、土壌改良を進めていきたい。野

菜づくりは土づくりとも言われている。今迄試行錯誤でいろいろやってきたが、来年は有

機質肥料もできるだけ植物性のものを使っていく考えだ。動物性の有機肥料はパワーが植

物性に比べてあるが、害虫が集まりやすいという問題もある。来年はこのあたりのことを

確認してみたい。害虫が少なくなれば有機栽培はそれだけ楽になる。自家消費のために栽

培しているので、作業の軽減と併せて、量より質の方が大事だ。

年が明けたらビーツも収穫できるかもしれない。1畝分栽培している。若い頃、ハンガリ

ーに滞在したことがあった。夜は大衆レストランでハンガリアン・グラーシとトカイワイ

ン、ハンガリー風の春巻きのようなものをよく食べた。その時、日本食の香の物のような

感じのビーツの酢漬けも食べた。最初は赤紫色がちょっとどぎついと思ったが食べてみた

ら、そのうち病み付きになった。グラーシ、ワインと良く合う。ビーツの赤い葉柄を見な

がら、思いがけずブダペストのレストランのことを思い出した。レストランの小楽団が私

を日本人と見ると「さくら」を演奏してくれた。Once upon a time・・・。年明け、ビー

ツを食べるのが楽しみだ。ビーツは土の中でどんなふうにできているだろうか。

 


12月23日(水)JVEC紹介・栽培相談は地元の診療所をお手本に

一般社団法人JVECは市民の野菜有機栽培をサポートすることを事業の柱の1つとして

いる。屋上で、テラスで小さな畑とかプランターで野菜を栽培している都市住民が対象に

なる。栽培している野菜が虫に食われたり、病気にかかった時、また思うように生長しな

い時、町の家庭医のように相談に乗り、対処方法をアドバイスしていきたい。処方箋のよ

うなものも考えたい。そのように思わされた理由は2つある。

私の家に近くにI医院があり、そこが私達夫婦のかかりつけの地元医院となっている。持

病の痛風の診断を定期的にしてもらい、処方された薬を毎日服用している。風邪を引いた

り、体の調子の悪いなど近くにあるのですぐ行くことができる。先生とも親しく話ができ

る。家庭医の良さだ。

もう一つはこどもクリニックの理事長をしているO医師の記事を読んだことだった。それ

から教えられたことは、野菜栽培の技術的相談・アドバイスだけに留まらず、栽培してい

る方のそれぞれの思い、願いもしっかり受け止めて、野菜栽培が日々の生活のための楽し

み、喜びになるように接していきたい、ということだった。

 


12月22日(火)屋上で植物工場

将来屋上にコンパクトな屋上菜園を設置し、近くのカフェとかレストランに供給したいと

考えている。その場合の植物工場は、土耕栽培と太陽光利用になるだろう。場合によって

は一部の水耕式になるかもしれない。植物工場では灌水と温度調整は自動化され、野菜の

生長状態はモニターで可視化できるようにする。

屋上の植物工場では有機土壌で栽培した採りたての新鮮な有機野菜をお客様に提供する、

ということを差別化要素にする。

お客様になっていただくカフェ、レストランには植物工場の維持会員になって頂く。植物

工場も「地産地消」をコンセプトにしたい。野菜の栽培管理は地元のシニアにお願いした

い。そのための教育・研修も準備したい。

 


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