欅風-江戸詰侍青物栽培帖

第73話 郷助の作業場と源次の帰郷

 

郷助の作業場で働いている助手達は腕を上げていった。特に大船渡の源次はもともと大工だったこともあり、もう一人で車椅子、義手、義足をつくることができるようになっていた。最近は片足を無くした農民から松葉杖をつくってほしいとの注文もあった。毎日作業に追われる日々が続いていた。作業場は活気があった。7人の助手が働いている。皆、若者だ。

郷助は思った。「源次を大船渡に帰す時かもしれない。これからは才蔵さんが担当してくれている仕事を源次に覚えてさせて、一本立ちさせよう」

郷助は源次にノレン分けすること話した。

「仙台、陸奥の農民のために、大船渡に戻って車椅子、義手、義足、松葉杖をつくって欲しいと思っている。お前の気持はどうだ」

「まだまだ親方から学ぶことがありますので、もう少しここに置いてほしいのですが、親方がそう仰るなら否も応もありません」

「源次、おまえならやれる。お前がいなくなるのは寂しいことだが、仙台、陸奥の農民のためだ」

郷助は源次を皮切りにして、助手の一人一人の技量を確かめた上で、故郷に帰し、地元で仕事をさせたいとかねがね思っていた。才蔵にもこのことは話していた。

源次の送別会が郷助の家で開かれた。

郷助は最初の挨拶した。

「源次が故郷の大船渡に帰って、車椅子、義手、義足、松葉杖をつくることになった。最初は一人で大変だろうが、源次だったら、できる、大丈夫と俺は思っているだ。陸前でも手足が不自由で困っている人が多くいることだろう。少しでも困っている人達のために俺らは仕事をするだ。ここ武蔵の国と大船渡は離れているが、俺らは皆本のところでつながっている。俺は欅の木が大好きだ。根元から幹のように太い枝が何本も大空に向って伸びている。離れていてもお互い文を交わし、切磋琢磨していこう。俺たちが源次に新しいやり方を伝える、源次も是非そうしてくれ。そして皆もいつかは生まれ故郷に帰って、身体が不自由な人々を助け、生きる希望をもってもらえるように、気張ってほしい。」

郷助の挨拶の後、次郎太とタケと孝吉が足立村に昔から伝わる歌を歌った。

「山から風が吹いてきて 言うことにゃ 言うことにゃ

夕餉に食べるものは何だ

俺にも何か食わせてほしい

今日は朝から四方八方吹き歩き

腹が空いて眼が眩む」

 

源次は越喜来で歌い継がれてきた地元の歌を良く通る声で歌った。

「里海に魚が次から次へとやってくる

大きい魚、小さい魚、いろんな魚がやってくる

俺らは手を合わせて網を引く

越喜来の魚は人の言葉を使う

 

俺たち大人の魚はドンドン取っていい

だけど子供の魚はとっちゃダメだ

俺たちは人間とこれからも

ずっと一緒に生きていくのだから

昔からずっとそうしてきたのだから」

 

車座になって食事をし、酒を飲んだ。食事はタケがこの1週間、準備をした。畑の野菜、山菜、田圃の中のタニシと泥鰌、川の中で捕まえた川魚とうなぎなど、心尽しの材料を集めた。

 

翌朝早く源次は旅姿になって郷助の家を出発した。皆一列になって源次の手を握り、声を掛けた。源次も力強く握り返した。

「源次さん、くれぐれも身体を大事にしてください。そして人々に生きる希望を与えてください」

全員で手を振って源次に別れを告げた。

郷助と才蔵は村の境まで源次を見送り、それぞれ書き物を渡した。

郷助は車椅子、義手・義足・松葉杖の作り方をまとめた作業覚帖を、才蔵は講の仕組み段取り帖を源次に渡した。

「これを俺らの餞別と思って受け取ってほしい。後は自分で創意工夫すればいいだ」

「親方、才吉さん。ありがとうございます。これは俺の宝物にします」

二人は村の境で源次の姿が見えなくなる迄見送っていた。

 

郷助の作業場で最近新しい取り組みが始まった。それは安全な農機具の開発と製造であった。手がかかるのは田植えと除草と収穫後の脱穀だ。

 

そして驚いたことがあった。将軍の訪問があってから3ヶ月後、江戸城から使いの者が来た。早速登城するようにとのことであった。何事かは説明がなかったが、否応なく行かなければならない様子だった。翌朝迎えの者が来た。

タケ、孝吉、才蔵が見守る中、郷助は江戸城に向かった。

郷助は土井利勝に引き合わされた。

土井は丁寧な物腰で郷助に話し掛けた。

「仕事で忙しい中、呼び出してまことに済まない。実は私の娘は片足が無いのだ。幼い頃病で右足を切らなければならなかった。今度あるところに嫁入りすることになった。そこで娘が言うには五体満足で花嫁姿になりたい。そこでオヌシに是非本物そっくりの右足をつくってほしいのだ。」

郷助は利勝の娘に引き合わされた。女中に両側を支えられてやってきた。

娘は身体に障害を持っていたが、そのような暗さは見せない、瞳のきれいな女性だった。

利勝の娘は郷助に深く頭を下げた。

 

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