欅風-江戸詰侍青物栽培帖

第75話 氏安・幕閣の一人として藩主として

 

氏安は江戸城から狭野に戻れるのは2ヶ月に1回程で、狭野藩に滞在できるのは2週間程しかなかった。家老たちと藩の運営について報告を聞いた後、早速天岡を呼んだ。天岡は御料地桑名の村請制度の進展を報告した後、助郷制度の改革について説明し、伺いを立てた。氏安は村請制度の報告を聞いた後、このように言った。

「天岡、村には眼には見えないが沢山の、貴重な宝がある。知恵の宝庫なのだ。村で農産物を栽培し、村人全員が飢えることの無いように、また年貢を規定通り納めることができるよう、村人達はそれこそ必死の思いで日々仕事をしている。農民が畑を見る眼差し、栽培している農産物を見分ける基準、天気を予知する基準は代々親から子へと引き継がれてきたものだ。いや叩き込まれてきた、と言った方が良いだろう。田畑をイノシシ、鹿、狐から守る猟犬についても、良く働く猟犬とそうでない猟犬を区別する基準を村人は持っていると聞いたことがある。陽に焼き尽くされて黒くなった肌、家畜の糞尿のする農民の外見から、農民を見誤ってはならない。天岡、知恵の宝庫の鍵を持っている農民にただひたすら教えてもらいながら、農民を先生と思って学び、そして考え、村請制度を生きたものにしてほしいのだ。農民と村のため、米の増産、品質の改良に取り組むのだ。」

氏安は一呼吸置いてから、言葉を繋いだ。

「すべて叡基殿から教わったことだ。村の改革を進めるためには村人に成り切ること大事だ。その時初めて、村人の知恵とオヌシの知恵がひとつになり、そこから新しい知恵が湧き出てくる。」

「助郷制度については一番大きな問題は、やはり宿場の者達が安心して切手を引き受けるための裏付けだろう。問題はどのような裏づけであれば宿場の者達が安心するのか。そのためにもこの仕組みを分かりやすく宿場の者達に説明しなければならない。そして難題はどのようにして毎年安定的に1割の利足金を宿場に払うか、だ。」

天岡は答えた。

「殿の仰せの通りです。1割の利足金を払うためには5つの要素が揃わなければなりません。私なりに考えた5つの要素についてご説明させて頂きます。

まず第一に、当然のことですが現在成長しており、今後も成長が見込まれる地場産業に貸付ける、ということです。そのためにはどのような地場産業に目をつけるか、目利きが重要となります。

第二に、異なる性格の地場産業を組み合わせるということです。業種が異なれば危険性を分散させることができます。同じ業種に一本化すればその業種にとって景気の良い時は問題ありませんが、悪化した時には総崩れとなり、利足金を確保することができなくなりますし、場合によっては貸付金の回収も難しくなります。平和の世の中になってきましたので、人々の暮らしも落ち着き、衣食住も豊かになってきました。いろいろな地場産業が盛んになってきております。

第三に、貸付先については例えば5つの業種を選んだとして、5つの業種で組をつくります。この組の下に順番待ちの地場産業を集めておきます。組には組長を置いてその者が組を構成している5つの地場産業から利足金を出させ、全部で50両揃えさせるようにします。利足金の基準は1割です。この5つの要素の中でこの仕組みづくりが一番の要となるかと存じます。成績の悪い地場産業は順番待ちの地場産業と入れ替えることとします。

第四に、事業を拡大するためには元手が必要です。しかし地場産業にとって金を借りることは簡単なことではありません。まだ十分な信用がありませんので、過大の担保が要求されることになります。5つの地場産業に100両づつ貸付けるということであれば、担保の確保もそれほど難しくはありません。

第五に組長には御料地でのご用達の特権を与えることにします。そうすれば組長は自分の責任を自覚して、一層職務に励むようになると存じます。

氏安は頷きながら天岡の説明を聞いていた。そしてこう言った。

「天岡、良くぞ考えた。オヌシの案で進めてくれ。なお万が一の場合は狭野藩が元本と利足金については責任を持つ、ということにする。桑名の宿場の者達には『狭野藩による元本と利足金保証』と伝えるがよい。」

天岡は氏安に深く頭を下げた。

「誠に恐れ入れます」

暫く頭を上げることができなかった。

天岡の目は涙で潤んでいた。

 

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