阿部ブログ

1月19日(火)日本的霊性と農耕

日本人が田畑に対して独得の意識を持っていることは、とても大事なことのように私には思われる。内村鑑三の『代表的日本人』の上杉鷹山の中に以下のような文がある。

藩主、執政、郡奉行、代官、教導出役、廻村横目の全員が礼装して春日神社に参拝し、その後最近開かれたばかりの土地に藩主以下鍬を入れ、最後に農夫が鍬を入れる。

「これは今後、大地が神聖なものとして扱われ、生活に恵みをもたらすものは、すべて大地から与えられるという期待を公然と宣言する意味」があったと内村は述べている。現在の私達に命の糧を産みだす大地に感謝の気持ち、大いなるものからお預かりした土地という気持ちがあるだろうか。同じく『代表的日本人』の二宮尊徳の言葉も示唆に富んでいる。

「万物には自然の道がある」

「自然の道を探しだし、それに従わなくてはならない。それによって山は均され、海は排水されて、大地は我々の目的の役立つようになる」

自然の道を探しだし、目的に役立つようにするためには、自分を自然の一部と思い、内側から自然の摂理を体得するための不断の努力、研究が求められる。怠けずに、またある時は大地の恵みの少なさに失望しないで続けるためには、それを支える道徳意識、倫理観が重要な意味を持つ。二宮尊徳はそれを体現した農民聖者だった。

日本的霊性は大地から生まれるとは鈴木大拙師の見解だ。今日において、私達は農耕について新しい道徳意識、倫理観を持つ時期に来ているのではないか。

 

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